大阪市の家庭教育支援条例(案)について
大阪市・家庭教育支援条例 (案) ――― 全条文 (前文、1〜23条)について自分なりに少々考えてみた。
今回の大阪市議会によって提出された支援案における一番の標的は「軽度発達障害」の矯正にあると私は見ている。いわゆる発達障害を愛や日本の伝統的子育てを用いて治療できるとホラを吹いてしまったのは専門家などが関わらなかったためのミスであろう―そう思いたい。
そこを批判するのは大切であるが、わたしは支援案の前文に記述のある「軽度発達障害と似た症状の「気になる子」」、これこそが今回の支援案によって敵というか標的にされている子供だと思う。
軽度発達障害は既に文科省によってその用語の曖昧さWHOなどによっても定義されていないことから、その使用に注意が呼びかけられている。興味のある方はここを参照してもらいたい―第一章 軽度発達障害をめぐる諸問題|厚生労働省。大阪市議会もこれを知らなかったとは考えにくい。そうではなく、その軽度発達障害に似ている「気になる子」こそ彼らが矯正したい教育したい相手ではないだろうか。
教育界において、ひきこもりや不登校、虐待、非行等は大きな課題であり、さまざまな議論や取り組みが実施されている。そして今回はそれらの問題*1を抱える子供を軽度発達障害に似た「気になる子」とみなし、それを親ぐるみで教育していこうというのが、家庭教育支援の狙いであると見える。
子供がひきこもりや不良になるのは親の責任というのはよく耳にするが、親への教育・地域の共生・成人教育というのは昨今話題になっている。恐らく発想としては、子供がひきこもりになったり非行に走るのは親や地域の教育力が低下しているからだとみなし、それを放置していては秩序がみだれる!ならば親や地域の大人を教育すればいい!というのが今回の支援案なのだろう。地域がもっていた「子育ての知恵や知識の伝承」を行政府が肩代わりしようということなのだろう。
親に子育て任せられないから政府がしてやるよ!ついでにダメな親も政府が教育してやるよ!というパターナリズム爆発しているのが今回の支援案であるのは疑いようもない*2。
ただ諸氏が批判するように支援案の第15条
乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因であると指摘され、また、それが虐待、非行、不登校、引きこもり等に深く関与していることに鑑み、その予防・防止をはかる
および18条
わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する
これらがあまりにも酷過ぎたために、ここまでの騒動となってしまったのだろう。もちろんこれは許されない表記であり、大きな誤りであり信じがたい文言である*3
ただ、私は今回の支援案では、親の愛や伝統的子育て*4をもって不登校やひきこもりなどの子を予防したいというものであると思う。それが効果のあるものかどうかワカンニャイ(´・д・`)ゞが、今回はそれを軽度発達障害に似たものとみなし、親への教育の義務化に一歩踏み込んだものというのが私の見解である。これだけでも私は許しがたいですが―
この支援案から(軽度)発達障害を予防できる治療できるという文言を抜いたら支持する人が一気に増えるのではないかと思うと、橋下言論テクニック炸裂してしまうのではないかと思うと戦々恐々である。